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自家栽培の野菜を使った
「農園大衆食堂」で地元に笑顔を!

-「農園大衆食堂 Osteria Cafe Agri」井上義則さん-

 近鉄京都線向島駅を降りて歩くことおよそ5分。田園風景の中にひときわ映える黄色い一軒家を見つけた。「農園大衆食堂 Osteria Cafe Agri」である。平日のお昼時、お店は多くの地元の方で賑わっていた。随所に置かれているイタリアの雑貨や風景画がお店の温かい雰囲気作りに一役買っている。優しいBGMも心地良い。全面ガラス張りのサンルームからは四季折々の田園風景が見渡せ、1人でも、ご友人やご家族とでも、のどかでゆったりとした時間を過ごせる空間である。
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「農園大衆食堂 Osteria Cafe Agri」の建物と風景。田園風景に黄色い建物が映える。
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お店の入口と津組ゼミ長。

「今日はありがとうございます!」

 

 素敵な笑顔が印象的な、この店を切り盛りする井上義則さん。昭和28年、城陽市生まれの68歳である。6歳から住んでいた京都市伏見区の母親の実家は、農家ではなかったものの、野菜作りをしており、お手伝いをしていたという。大学卒業後は、農家でも料理人でもなく、音楽が好きだった事もあり、京都の楽器販売会社である十字屋に就職した。結婚後、祖母が所有していた田圃の一部を埋め立てて、現在のレストランの所在地でもある向島に移住した。27年間という長期間会社に勤めていたが、50歳を手前にして、退職を決断した。

「鍵盤楽器の営業をしていたんですけど、だんだん売れなくなってきたし、先が見づらい。何より、レストランを開きたいという漠然としたもんがあったし、やりたいことをやってみたいと思ったのが1番ですね」

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「農園大衆食堂 Osteria Cafe Agri」店主の井上義則さん
 

  井上さんは退職後、レストラン開業の夢を叶えるべく、調理の専門学校に通った。学校では料理のレシピは教えてくれるが、店を開く上で必要となる材料の仕込み方は教えてくれなかったという。そこで、学校の先生に相談し、調理学校が保有する大阪のイタリアンレストランに無給で修行に行った。勿論、仕込み方のノウハウは教わったものの、そこで提供されていた料理は、井上さんの思い描くレストランの料理像ではなかった。そこで、井上さんは思い切った行動に出る。理想のレストラン像を求め、単身でイタリアに渡ったのである。イタリアはウンブリア州スポレトという街。ローマから北におよそ100km、海のない内陸の街である。

「ネットで探してイタリアの農家レストランに修行に行きました。今思ったらよう行ったなあと思いますよ。イタリア語は本で勉強して行ったんですけど、いざ現地に行くと分からなかったです。アグリツーリズムっていう言葉があるんですけど、イタリアは大型農園の衰退が問題になっていて、国として観光地化してアグリツーリズムとして守ろうという動きになっていたんです。自家菜園、自家畜産、宿泊施設がひとつになった農園観光ホテルに補助金を出して支援していたんです」

 

 アグリツーリズムで訪れた農園観光ホテルは、広い敷地で家畜を飼い、ぶどう畑があってワインも作る。生産、加工、販売に至るまで分業体制が敷かれている日本に対して、全て地元で賄うイタリアの家族経営の生活の体験は、井上さんの目に新鮮に映った。

 

「その農園観光ホテルは家族経営で15人ぐらいが働いていました。そこで僕は、朝から収穫や植え付けの手伝い、昼からは従業員の食事を作る手伝いをしました。そこでイタリアの豪快な家庭料理を学びました。材料の収穫のためにマンマ(おばちゃん)に付いて行って野菜の収穫に行くんですよ。その辺の道端に生えているホウレンソウのような葉っぱを採るんですけどはっきり言ってどれ採ったらええか分からない。ほんでこれ採っていい?ってマンマに聞いたら全部シー(イタリア語で「はい」の意)って言うもんやから採ってました。採ってきた野菜はまとめて茹でてぎゅっと水気を絞り、ボール状にして冷凍し、料理に使ってましたね」

 お手伝いしていた食堂では、農園で採れた新鮮な食材を生かした家庭的なイタリア料理を提供しており、それを目当てに遠方からも多くの客が集まっていた。

「イタリアに行って1番良かったなって思うのはイタリアの豪快な家庭料理を見て自分の思ってた料理に出会えた事、料理の腕にあまり自信のない僕でも店開けそうやなっていう自信に繋がった事やね。修行した大阪のレストランは高級なイタリアンやって、パスタでもアルデンテにこだわるんですよ。ここのはそんなこだわりはない。マカロニでもいっぺんに茹でちゃうんですよ。ちょっとだけ時間経ってもお客さんに出しちゃう。みんな美味しいって食べてる。毎晩満席でしたよ。こんなんでええんや、俺でもできるわって自信になりました」

 

 

 イタリアでの貴重な経験を基に、井上さんは退職の1年後の2004年、50歳で「農園大衆食堂 Osteria Cafe Agri」をオープンした。お店の名前からも伝わるように、リーズナブルで安心安全な美味しい料理を提供するイタリアンである。Osteriaとは、原義的にはイタリアでワインと簡単な食事を提供する場所のことである。ふらっと入れてワイワイ愉しめる庶民的な店で、日本であれば居酒屋のような店をイメージするとよい。


「お店をやっていくには何か特徴がないとうまいこといかない。すごい料理人の方はたくさんいるし、料理の腕で勝負するのは難しい。だから僕は店の隣の小さな農園で自分で野菜を作り、当時日本にはまだ少なかった農家レストランというスタイルを売りにしようとこの店を開きました。農園大衆食堂をコンセプトにやらせてもらってるんですけど、気取った料理やなく、イタリアの家庭料理をできるだけ安く、いっぱい食べてもらって、お客さんには想像以上の体験をして帰ってもらいたいんです」

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ランチコースC(パスタプラスセット)、1,250円。パスタ、ミニサラダ、パン、スープにデザートセットがついたボリューミーなコース。
 

 自家栽培の野菜を提供するという特徴的なお店のこだわりが功を奏して、開店してすぐお客さんで賑わった。

 

「開店前は、地元のタウン誌に告知広告を掲載してもらおうと思ってたんですけど、店を開くのも初めてやし、家族経営なもんで、最初からお客さんで溢れても対応しきれないと思って、掲載を延期したんです。けどすぐお客さんが来てくれた。結局タウン誌への広告はキャンセルしました。お客さん来なかったら駅前でチラシ巻きせなあかんかなと思ったんですけどね。今では開店から通ってくださっている方、10何年来てくださってる夫婦もいらっしゃいますよ」

 

 お店で提供する野菜は、大半が自家栽培によるものであるが、地域との繋がりも感じられた。

 

「野菜(の作り方)は親父に教えてもらったのが1番大きいですよ。開店してから7〜8年は手伝ってくれてました。また、トマト作りはチャレンジしてみたんですが、どうしても栽培するのが難しいんで、近くでハウス栽培してるトマト農家さんにお願いしています。そっちの方が美味しいから。そこでも野菜作りのアドバイスを頂いてます。有機肥料もトマト農家さん経由で仕入れています。冬は畑で採れる野菜の品目も多いですが、近くの農家さんからも野菜をゆずってもらい、またそこでも栽培について教わってます。野菜作りでその年失敗したことは記録に残しておくんですけど、翌年は気候も違うためまた絶対失敗するんです。自家栽培は毎日試行錯誤の連続ですね」

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お店のテーブル。店内のイタリアの風景画や雑貨がおしゃれ。

 コロナ禍による飲食店への時短要請や休業要請もあり、多くのお店が打撃を受けている。「Agri」もこのお盆前から9月頭までの休業を行なった。それでも、休業日を除けば数は限られるがお客さんに足を運んでいただけているという。これも、のどかでゆったりとした時間を過ごせる温かいお店ゆえであろうか。コロナ禍、そして井上さんは現在68歳となり、今後の展開についてこう述べる。

 

「緊急事態宣言期の一時期や体調が悪かったりした時はお店を閉めたりしてます。ほんで、この歳になって22時までの営業は少ししんどくなってきた。(お店は)自分の体力が続く限りは続けて行けたらいいと思ってます。けどあんまり無理はせず、お客さんの数も絞りながら、誰か手伝ってくれる人が出てきたらそういう人とできればいいかな。自然体でやっていきたいね。今後の目標は年間通して100%は不可能なんですけど出来るだけそれに近づけるように自家栽培をして、お客さんに喜んでもらえるように頑張りたいと思っています」

——自家菜園の中で、自信のある野菜は何ですか?

 

「いっぱいあるけど、やっぱり生の水茄子。開店の翌年から生の水茄子をサラダで出しています。当時は水茄子といえば漬物のイメージが強くて、生で食べられることに驚くお客さんも多かったです。うちは水茄子、千両なす、賀茂なすと茄子を3種類栽培していますが、他の茄子は皮が硬くて生では食べられないね。ほんでやっぱりできたての胡瓜は美味い!」

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畑の賀茂なす。収穫時期はほとんど終わっているという(撮影日9/6)。

——お店に来たらこれは食べて欲しいというメニューは何ですか?

「やっぱり畑で作った野菜をお出しするので、農園風アグリサラダは食べて欲しいね。冬場だとたくさんの野菜が収穫できるのでより野菜の品目が多いサラダを楽しんでもらえると思います。正直この時期(9月)は1番畑で採れる野菜が少ない時やから、困ったもんやね(笑)」

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店主自慢の自家栽培した野菜をふんだんに使ったアグリ農園風サラダ、750円。

——お店をやっていく上で、苦労していることはありますか?
 

「苦労って言えば畑と店の両立はやっぱりしんどいよね。昼の営業が終わった後とか、水曜日と木曜日は店をお休みにしてるんですが、その時に畑仕事をします。今は、女性の方がひとり手伝ってくれてるのでだいぶ楽になっています。今年の春まではずっと1人でやっていたので、ちょうど今でいったら大根、かぶら、ブロッコリーなどいろんな品目をこの9月1日から10日の間に植え込みをしないといけないんですよ。雨降っても関係なく。畑は年間通してずっと忙しいわけじゃないけど、やっぱり忙しい時期っていうのがあって、その時はしんどいね」

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お店に隣接する井上さんの畑。ここで育てて収穫した野菜をお店で出している。

——お店をやっていて良かったと思う瞬間はありますか?

「うちの野菜が美味しいと言ってくれる時は、頑張ってきてよかったと思うね。店内はおひとり様でも気軽に来ていただけるようにカウンター席を設けていますが、お客さんとカウンター越しでお喋りしたら元気がもらえます」

 

 

——井上さんにとって、理想のレストラン像を教えてください

「1番はお客さんにとって想像以上の満足度で帰ってもらうことやね。僕も食べ歩きが趣味で、お店の情報を調べて食べに行くことがあるんやけど、実は結構がっかりするような事も多いんです。例えば写真と見栄えが全然違う、要はショボかったとかね。うちではランチセットでプチサラダという名前でサラダを出してるんですけど、お客さんの前に運ばれた時におっ!(想像以上のボリュームだな)と思う方が嬉しいじゃないですか。安全、安心なものをお出しして、想像以上の量と質で満足してもらえるようなお店を目指しています」

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(取材日:2021年9月6日)

お店の前でパシャリ。左から店主の井上さん、朝長、田中、津組。

【お店の情報】

 農園大衆食堂 Osteria Cafe Agri

​  ホーページ http://www.agri-kyoto.com/

  住所    〒612-8155京都市伏見区向島東定請21-2

  電話番号  075-602-9381

  営業時間             

   ランチタイム 11:30~14:00

   ディナータイム(土日のみ) 18:30~22:00 ※入店は20:30まで。

  定休日 水曜日、木曜日

  アクセス             

   電車でお越しの場合 近鉄向島駅西口より徒歩4分

   お車でお越しの場合 近鉄向島駅北側の踏切より、駐車場は8台。

【編集後記】

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農家レストラン開業に至った経緯やイタリアでの様々な体験、野菜・料理への思いなど興味深いお話ばかりで非常に有意義な時間を過ごすことができました。急なお願いにもかかわらず快く引き受けてくださり、本当にありがとうございました。(津組)

「農園大衆食堂」にかける井上さんの想いを聞き、井上さんの向上心や地元の方に対する接し方に感動しました。自家栽培や地元の農家の野菜を使用することによって、地産地消に繋がるだけでなく、それに伴って地元の方とのコミュニティが形成されており、ヒトやモノの繋がりを感じることができました。それらの実現は井上さんの行動力によるものであると思いました。貴重なお話を聞く機会を頂き、ありがとうございました。(田中)

今回は貴重なお話をたくさんしていただき本当にありがとうございました。脱サラ後にご自身の夢を追い求め、実際に実現させた井上さんの行動力にとても感銘を受けました。夢を追うのに年齢は関係ない。社会人になるのを控えている筆者自身にとっても非常に励みになる取材になりました。豪快さの中にもこだわりが詰まった料理には、井上さんの人柄が表れており、お客さんに想像以上の満足、そして笑顔を提供する力があると感じました。(朝長)

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